遅ればせながら、
『ヒンド・ラジャブの声』を観た。
そろそろ、上映が終了してしまいそうで、
やっぱり気になって観に行った。
観る前から、観た後の自分のことはなんとなく想像できていた。
きっと、怒り狂うに違いない。
そう思っていた。
しかし実際は、
それを通り越していた。
あまりに凄惨な場面
あまりに凄惨な状況
あまりに凄惨な結末
あまりにもショックで、
観終わったあとは、
しばらく呆然とした。
映画館を出たあと、
銀座の夜の賑わいとネオンがまた、きらびやかで。
いつもと変わらない、銀座の夜で。
あまりの落差に、
この世界をファンタジーに感じた。
この気持ちをどこに行けば落ち着かせることができるのかわからず、
しばらくの時間、意味もなく街を漂った。
結局どこにも身を置くことができず、
帰りの電車でも呆然とし続けて家に帰った。
実は映画を見始めて少し経った頃、
「しまった」
そう思った。
なぜなら、この女の子が助かるかどうか、
知らずにここに来てしまったからだ。
そう、これは物語ではない。
現実なのだ。
そして映画館の大きな画面に映し出されたその凄惨な現場は、
ニュースやSNSで見て衝撃を受けていたそれとも、
比較にならないとてつもない衝撃だった。
当然、決して過大に表現されているわけではない。
同等
いや、実際はもっともっと厳しいものだ。
なぜ、普通の家族を
なぜ、救急隊を
なぜ、6歳の少女さえも
異常という言葉では尽くせない凄惨な現場
なぜ?
なぜ?
なぜ?
私たちは、ごく小さな幸せを噛み締めて生きることができる普通の人間同士。
なにが、あなたをそうさせる?
あなたが見ているものは、なに?
あなたは一体、なにを見ている?
2026.10.20
mienaimonotachi
みえないものたち



