no more Hiroshima no more Nagasaki 366/366 366days project


「no more Hiroshima no more Nagasaki 366/366」シリーズの366days projectが、どのように生まれたか

366days projectとは

no more Hiroshima no more Nagasaki 366/366のシリーズで、

366days projectというものを行なっている。

ひとつの作品に毎日何かしらの変化を与え、

それを毎日投稿している。

366日。

そして現在、4年目だ。

正直、いつまで続けるのか、とか

どうしていきたいのか、という

長期的なプランもまったくない。

強烈に「やりたい」と、

突発的にはじめたものだ。


きっかけは、約30年ぶりの広島の平和記念公園訪問

このprojectをはじめたのは、2023年の5月。

この年の春、広島の平和記念公園を目当てに3日間滞在した。

ここを訪れるのは、

高校生の修学旅行以来、

実に約30年ぶりだった。

2023年のはじめから、

本格的にアートで自分を表現していきたいと行動しはじめた。

それと同時に、

私の表現をする中で大きな原動力として働いている

「戦争や奪い合いへの怒り」

これについて、

これまで以上にしっかりと知る必要があると強く感じ、

訪れることを決めた。

とはいえ、日本人である私が、

なぜこれほどまでにこの地に近寄らなかったか。

それは、高校生の修学旅行で平和記念資料館を訪れた時の衝撃が、

あれ以来ずっと、私の中ではっきりと残っていたからだ。

正直、トラウマだった。

怖かった。

当時の平和記念資料館は、今と違っていた。

とてもリアルな人形が、

その原爆投下後に人々がどのような姿になったのかをしっかりと再現していた。

(もちろん、実際はもっともっともっと酷かったとは思うけど)

あの時の私は、友達との非日常を味わえる修学旅行に浮ついていた、

よくある普通の高校生。

学習、とばかりに義務的に工程に入っていた流れで訪れたものの、

あまりのリアルさにしっかりと直視できず、

友達と猛スピードで館内を歩き去った記憶がある。

そのリアルさはどれほどだったかというと、

見ただけでとても濃い匂いがしたほどなのだ。

どんな匂いかというと、

街が焼けた匂いもそうだけど、

人が焼けた匂いが強烈にした。

とはいえ、私はそのような状況に今のところ遭遇していないし、

その人形たちに匂いなんてついていない。

私がその人形のその様を見ることで、

そのリアルな匂いが私に再現されたのだ。

そう、勝手に頭が作りだした匂いだ。

おそらく現実は、

もっともっともっと恐ろしい匂いであろう。

そして私は久しぶりに、

「はだしのゲン」で小さな頃に読んでいた世界を、

ありありと思い出したのだった。

当然、その構成に異議はない。

というよりむしろ、

とても大切なものを見せてもらったと感じている。

そのおかげで、

私の中には現実に戦争に遭っていなくても、

戦争が引き起こすものがどれだけ悲惨なものであるかを体にしっかりと入れることができた。

そして、

「こんなことを引き起こすものを許してはならない。」

そういった、正しい怒りをしっかりと享受することができたからだ。

そんなわけで、

私は長い間、広島県に足を踏み入れることはあっても、

平和記念公園は訪れなかったのだ。

しかし、この時は覚悟をして行った。

目を逸らさず、しっかりと見よう、と。


平和記念資料館を訪れて感じたこと

到着して二日目、

重い腰を上げて平和記念資料館に向かった。

たくさんの外国人観光客もいる中、

列に並んで館内に入った。

すると、私の知っていた平和記念資料館ではなくなっていた。

いつだかに、リニューアルされたらしいのだ。

まったく知らなかった。

館内は、洗練されていた。

整然としていた。

もちろん、伝えよう、という意思は伝わった。

けど。

私があの高校生の時に体験した、

あの強烈な感覚はまったくなかった。

見てまわる中で、どこかできっとあの人形の展示があるはず。

そう思って覚悟していたのだけど、

最後までなかった。

拍子抜けした。

と、同時に、

なんともいえない気持ちになった。

これだけたくさんの外国の方が、

時間を割いて見に来てくれている。

それは、こんなにきれいなものを見るためなのだろうか?と。

とはいえ、彼らは旅行の最中。

当時のように人形が展示されていたら、

その後の旅行中ずっと頭を離れないだろう。

かといって…

私は出口にあったアンケートに書いた。

「人形がなかったことが残念だった。

おそらく子供に配慮してのことだろうけど、

それなら任意で見る部屋をつくってはどうか?」と。

その後、広島で生まれ育った方と話す機会があり、

人形がなくなっていたことについて、残念だったと話した。

すると、その方も同じように、

人形があった方が良かったと話していた。

どうやら小学生などにはあの展示はきつすぎる、という意見もあり

展示をやめたらしい、という話をされていた。

確かに、広島県や近隣の県に住んでいると、

小学生や中学生でここを訪れることになるだろう。

その歳で、あれはきつい。

それはよくわかる。

私は高校3年生でも、

かなり怖かったのだから。

しかし、私のようにある程度の年齢になってからであれば、

正しい恐怖を持つことができる、良い場になるのではないだろうかと思うのだ。

戦争で亡くなった方々、心や体に傷を負った方々のせめてもの救いは、

二度とこのようなことを引き起こさない世界をつくるということであると思う。

そしてこれは、人類が共通して誓うべき当然のことであると私は思う。

あらためて、そのような強く大きな思いを胸に、

私は家に帰った。


366days projectを、はじめた

ところが、

平和記念公園訪問から1ヶ月以上経っても

具体的に動けていない自分がいた。

そして、このままじゃ絶対に嫌だと思う自分もいた。

「久しぶりに平和記念公園を訪れ、

あらためて強く感じた思いをかたちにしたい。」

そう思った時、

強烈に、そして突発的にやろうと決めてはじめたのが、

このprojectだった。

しかしながら、

実は私は同じことを続けてやるのが非常に苦手だ。

だからこのprojectをはじめたとき、

いや、かれこれ今も後悔している。

後悔しながらも、

まだ続けている。

内情を明かしておくと、

毎日、作品に手を入れて、毎日手動で発信しているわけではない。

流石にそれは、私にはハードルが高い。

いや、はじめた時はそうしようと思っていた。

ただ、開始して数週間後、

さっそく作業できる環境に身を置けない日が数日続く事態となった。

外出先に必要な道具を持って行って、発信する?

一瞬考えたけど、今後も色々なことがあることを踏まえると、

そのようなやり方ではかなり苦しいと感じてあきらめた。

それ以来、少しづつ作業してその分を撮影しては投稿している。

このやり方だと最初は、見てくれる人を裏切るんじゃないか?

そんな気がして、とても抵抗があった。

けど、私がこのprojectで表現したいことって、

「毎日毎日コツコツ続ける」ことを表現したいのではなく、

「毎日毎日発信することで、まずは自分が毎日戦争について意識する時間を持つこと」

そしてそれが、

「見てくれた人にも戦争を意識する瞬間を、画面をスクロールするほんのわずかでもいいから持ってもらえたらうれしい」

そういう思いからはじめたのだから、

裏切るものではない、そう思った。

とはいえ、おっちょこちょいなので、

特に最初の方は年に数回、

設定がうまくできていなくて投稿できていない日があったり、

設定できていないと思って重複して投稿していたらしき日もあったり。

元来の完璧主義な私であれば、

もうその時点でこの作品は終わった!

そう思って中止していたところなのだけど、

荒波を被りすぎて図太くなった私は、

「まあ、そういうこともある。

人間だもの」

そう思ってなんとか今のところ続けている。

そうそう、私はこの

「人間だもの」

という言葉が大好きだ。

これについてもまた、

書いていこうと思う。

というわけで、

このように366days projectは生まれたのである。

2026.10.17

mienaimonotachi

みえないものたち

Hiroshima Peace Memorial Park_Cenotaph for the A-bomb Victims