この作品のシリーズは、
ある夏の日、自分に対して強く戒める思いから生まれた。
ある年の広島の原爆投下の日。
あの頃は私はアートをつくることになろうなど、
露ひとつも思っていなかった頃だった。
何もかも恵まれた環境で生きていた。
やりたいことを、やれる場所。
やっと見つけた自分の居場所。
ここで骨を埋めるのだと思って、目一杯働いていた時だ。
いつものように残業し、22時すぎに家に帰ってきた。
お風呂に入り、軽くご飯を食べながらTVでニュースを見ていた。
そしてその日が、
「広島の原爆投下の日」
であったことに、その時気がついたのだ。
しまった。
そんな大事な日を、忘れていた。
しかも、こんな夜になってニュースを見てはじめて気づくとは。
自分で自分にショックを受けた。
世界で唯一の被爆国である日本に生まれ育ち、
幼い頃から当たり前のように、
「戦争は絶対にやってはいけないことだ」
そう全方位から教えられてきた。
広島と長崎の原爆投下日は、
特にその思いを強くする日でもあった。
それなのに、だ。
立派にいい歳になった大人の自分が、
そんな大切な日を忘れていた。
仕事に追われて忘れたまま、
その一日を過ぎ去ろうとしていたことに自分で大きなショックを受けた。
そしてその時、気がついた。
日本では、年に数回、戦争を振り返るタイミングがあるのだけど、
その時くらいしか戦争に対して思いを深めていなくなっている自分に。
そんな状態では、争いなどなくならないわけが、ない。
そう強く思ったのだった。
毎日毎日、ほんの少しでもいいから、
戦争に対して意識するタイミングをつくりたい。
いや、つくらなければならない。
そう思ったものの、目の前の日常に追われ月日は流れてしまっていた。
アートとして外に吐き出すようになり、
この時の思いをかたちにしたのが、
このシリーズだ。
閏年だと1年間は366日。
その366日中の366日、つまり毎日、
戦争について意識する時間を持つという意味でつくったのが、
この
「no more Hiroshima no more Nagasaki 366/366」
という言葉だった。
そしてこの言葉は、決して原爆だけを否定するものではなく、
世界中のあらゆる戦争、争いを否定するものである。
2026.09.28
mienaimonotachi
みえないものたち

